桜(さくら)春
晩春の季語 | HitchHaiku 歳時記
解説
桜は春を代表する季語であり、日本の詩歌がもっとも長く、もっとも深く付き合ってきた花である。和歌の時代には「花」といえばすなわち桜を指し、俳諧に受け継がれてからも、咲き満ちる白雲のような遠景、はらはらと散りゆく一片の近景、そのどちらもが句の主題となってきた。
桜のおもしろさは、満開の華やぎだけでなく、その前後の時間にある。咲くのを待つ心(花待つ)、咲き初めの一枝(初花・初桜)、盛りののちの潔い散りざま(落花・花吹雪)、そして花のあとに残る若葉(葉桜)。ひとつの木が、ひと月足らずのあいだに幾つもの季語を生む。人の一生や別れと重ねて詠まれることが多いのも、この移ろいの速さゆえである。
また「花衣」「花見」「花の宴」のように、桜をめぐる人間の営みそのものも季語となる。桜を詠むことは、花を見る人を詠むことでもある。
傍題・関連季語
- 初桜・初花 — 咲き初めの桜。待ちかねた心がにじむ。
- 山桜・八重桜・遅桜 — 品種や時期による詠み分け。
- 花見・花衣・花の宴 — 桜をめぐる人事の季語。
- 落花・花吹雪・桜散る — 散りぎわの美。
- 葉桜(初夏) — 花のあとの青葉。季は夏に移る。
- 桜貝・桜餅 — 色や形から桜の名を借りた春の季語。
名句選
HitchHaiku の古典俳句データベースから、桜とその周辺の季語を詠んだ句を選んだ。
さまざまの事おもひ出す桜かな
散る梅は祗王櫻はほとけ哉
一重づゝ一重つゝ散れ八重櫻
櫻から人にうつるや山の風
葉櫻の上野は闇となりにけり
日当りて電燈ともり町桜
遅桜なほもたづねて奥の宮
城壁にもたれて花見疲れかな
桜貝波にものいひ拾ひ居る
花衣ぬぐや まつはる 紐いろいろ
あすはかへらうさくらちるちつてくる
いつとなくさくらが咲いて逢うてはわかれる
詠み方のヒント
桜はあまりに詠まれてきたため、「きれい」「美しい」と正面から言うと句が痩せる。むしろ桜のまわりにあるもの——風、電燈、城壁、脱いだ花衣の紐——に眼を移すと、桜は言わずして立ち上がる。上の名句の多くが、桜そのものより「桜のある場所の人間」を写していることに注目したい。
HitchHaiku では、吟行マップで桜の名所を歩きながら投句すると、詠んだ場所が句に記録される。散りぎわの一瞬を、その場で言葉にしてみてほしい。