種田山頭火1882–1940
たねだ・さんとうか | 行乞流転の自由律俳人。「分け入っても分け入っても青い山」
小伝
山口県佐波郡(防府市)の大地主の家に生まれる。十一歳のとき母が井戸に身を投げ、この記憶が生涯の影となった。早稲田大学を神経衰弱で中退、家業の造り酒屋も破産。四十二歳で出家得度し、以後は法衣一枚・鉄鉢一つで九州・四国・中国地方を歩く行乞(ぎょうこつ)の旅に生きた。
山頭火の句は五七五に収まらない自由律である。「分け入っても分け入っても青い山」「うしろすがたのしぐれてゆくか」——歩くリズムそのものが句のリズムになり、風景と心が一枚になる。飾らない言葉の奥に、酒に溺れ、家族を失い、それでも歩き続けるほかなかった一人の人間の生がそのまま置かれている。晩年は松山の一草庵に落ち着き、昭和十五年、望みどおり「ころり」と旅立った。没後、その句と日記は広く愛読され、自由律俳句の代名詞となっている。
代表句
分け入っても 分け入っても 青い山
うしろすがたの しぐれてゆくか
生死の中の雪ふりしきる
どうしようもないわたしが歩いてゐる
雲がいそいでよい月にする
ふるさとはあの山なみの雪のかがやく
この道しかない春の雪ふる
けふもいちにち誰も来なかつたほうたる
百舌鳥啼いて身の捨てどころなし
酔うてこほろぎと寝てゐたよ
雪へ雪ふるしづけさにをる
みんなたつしやでかぼちやの花も
HitchHaiku で読む・倣う
山頭火の句は「歩くこと」と分かちがたい。吟行マップを開いて歩きながら詠む HitchHaiku の使い方は、山頭火の行乞にいちばん近いのかもしれない。