飯田蛇笏1885–1962
いいだ・だこつ | 山廬に生きた格調の人。「雲母」を主宰した
小伝
山梨県境川村(笛吹市)の旧家に生まれる。早稲田大学在学中から俳句に打ち込み、若くして「ホトトギス」の代表的俳人となった。学業を捨てて郷里の家督を継いでからは、生涯を甲斐の山廬(さんろ)——山の庵——で過ごし、俳誌「雲母(うんも)」を主宰して多くの俳人を育てた。
蛇笏の句は格調の高さで知られる。「芋の露連山影を正しうす」は、里芋の葉の露に映る甲斐の連山という微細と雄大の取り合わせを、一分の隙もない措辞で描いて、近代俳句で最も完成度の高い句のひとつと評される。「くろがねの秋の風鈴鳴りにけり」の重く澄んだ音色も名高い。四人の息子のうち三人に先立たれる悲運の中でも、山の暮らしと句の格を守り抜いた。子息・飯田龍太も戦後俳句を代表する俳人となった。
代表句
芋の露 連山影を 正しうす
くろがねの 秋の風鈴 鳴りにけり
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蛇笏の格調は、自由律とは対極にある俳句の美である。定型の力を知りたくなったら、蛇笏の句を声に出して読んでみてほしい。